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だから職員は止められない

コラム

児童養護施設

2026/11/04 13:38
だから職員は止められない
聖母愛児園に務めて、気が付いたら十数年になりました。

ある日、私の恩師が「この仕事は一生止められない」なんてことを言っていましたが、それが現実になっているのを日々感じています。
ここ最近「なんで、辞められないんだろう」とふと考えることが数日あり、その答えのひとつに辿り着いたので「児童養護施設職員になりたい」「職員のやりがいってなに」と考えている方に向けて、少しご紹介できればと思います。

【職員になった日】
私事ですが、保育士の資格を取ったのは2009年。
施設職員となった初出勤の日のことは今でもよく覚えていて、担当するホームに顔を出して笑顔と呼ぶには程遠いスマイルを振りまき、先輩から業務について話を聞いている最中、騒音レベルの音量でガラケーのアラームが鳴り「退職」の二文字が初日にしてよぎったという記憶があります。

それからというもの、一度退職する6年間の間、担当の子ども達のことを考えなかった日は1日もない現場時代を送っていました。
出かけ先でも「入学祝はこれだな」とICカード入れを手に取り「昨日は言いすぎたな・・」と言い合いになった自分に落ち込み、子どもに申し訳ないとへこんだり。

1日くらい何も考えなくて良い日があってもと思っても、どこか頭から離れない。

そんな日々を送るのが私にとっての現場時代でしたが、皆さんはどう思うでしょうか。

【止められな理由】
「考えていられる日々」「一生を見届けることができること」が、当時を振り返る私にとって「職員だけができるやりがい」であり「止められない理由」だったなと考えています。

資格を取って職員になったその瞬間から、施設職員は「子どもの一生を見届ける責任」が生じます。
誰よりも子どもをそばで見守り、その子の一喜一憂、人生のライフイベントを共に体験できることは、職員だからできる特権です。

一度退職してから一般企業で働いている間も、子ども達のことを考えることはあっても、その責任から外れた中で出来ることには限りがあることを感じ、どこかもどかしい日々を感じていたことがありました。

そんなとき、縁あって聖母愛児園に戻る機会をいただき、それから現在に至るまで、私は職員を続けています。

【重いが故に得られるもの】
責任というのはとても重たいもので、押し潰されそうになることがあります。離れたくても離れられない日々は、ときに辛いと感じることもあるかもしれません。
それは施設職員に限らず、全ての荷を下ろしていたいと思うことは自然な気持ちであると、個人的には思います。

一方で、考え続けることができて、ずっと見届けることができる。職員であり続けるからこそできる贅沢だと、今は感じています。

恩師に言われた「この仕事は一生止められない」という言葉を、今ようやく理解した気がします。