錦華学院の職員インタビューをシリーズで紹介していきます。第1弾はベテラン職員の木村さんです。
○ この仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか?
錦華学院には、26年前に就職しました。心理学系の学部を卒業したのですが、子どもが好きだったので、子どもと関われる仕事を探していました。しかし、当時は心理学を活かしながら子どもと関われる仕事があまりなかったのです。そんな中、就職活動をしているときに、たまたま児童養護施設を知りました。少年院と鑑別所も見ていたのですが、そこにいる少年たちとは壁があり普通に話せませんでしたが、児童養護施設の子達は自由に話せて触れ合えたし、雇用形態も良く錦華学院に決めました。○ この仕事に就く前と就いた後でギャップはありましたか?
当時、児童養護施設は「汚い・きつい・厳しい」と言われていて、学生課の人にも「なんでそこに行くの?」と言われましたが、面白そうだなと思って面接を受けたところ採用されました。当時の施設の子ども達は今より落ち着きがなく、中学生くらいになると夜9時以降はゲームセンターに遊びに行ってしまうので、しょっちゅう探しに行っていました。見つけて、「帰っておいで」と言うと「うるせぇ!」とか言うんですけど、すぐに施設に戻ってくるんですよね(笑)その後、施設の小規模化が進み、職員の対応が手厚くなったことで子ども達が落ち着いていきました。就職前は、孤児院やタイガーマスクのイメージが強く、子ども達は暗いのかな?と思っていたのですが、みんな明るく元気だな!と思ったことを今でも覚えています。
○ 錦華学院には心理の専門職ではなく、ケアワーカーとして就職されたのですか?
10年くらい前に、心のケアというものが注目されるようになり、専門職として心理士を雇う制度ができたのですが、就職した当時はなかったのです。なので、ケアワーカーとして採用されました。その時は、虐待という認識や概念があまりなく、子どもの入所理由としては養育困難が多く、心のケアはあまり重視されていませんでした。虐待によるトラウマや発達障害に対する認識もそんなになかったんですよね。当時は「大変だね」「難しい子だね」と言っていた子も、今振り返れば虐待のトラウマや発達障害が原因にあったのかもしれません。「なんでこの子はこんなに暴れるのだろう」「なんでこんなに反抗するのだろう」と当時の私には分からなかったんです。その時見ていた子ども達には悪いことをしたなと思います。また、当時は一寮に職員が4名で、子ども達が16、17人を見る体制で、シフトを組むと実質1人で16、17人を見ていました。今のように週48時間労働ではなく、週48時間労働だったので約週1休みでした。○ 今まで働いてきた中でのやりがいは何ですか?
荒れていた子どもや本音を言わない子どもが本音を言ってくれた時に、やっててよかったなと思います。子どもは自分の思いを言葉にするのが下手なんですよ、親や職員に対しても。自分の想いを伝えてくれるようになるまでには、すごく長い年月が必要かなと思います。(2018年2月現在)
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後編へ続く